「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律案」、いわゆる年金カット法案が今年の通常国会に提出され、臨時国会で継続審査となっている。この法案が適用されると、年金受給額はどうなるか。「新ミスター年金」の異名をとる井坂信彦衆院議員に話を聞いた。

井坂信彦衆院議員

衆院厚生労働委員会理事 

井坂信彦(いさか・のぶひこ)衆院議員

年金カット法案とは

 これまでは100円のパンが物価が上がり110円になったら、年金もそれに合わせて1割上がるから110円のパンを買えた。しかし政府から示された新ルールは、物価と関係なく、物価と賃金のどちらか低い方に常に合わせる、えげつないルールになっている。最悪のケースでは物価が上がっても賃金が下がった場合は、年金が下がってしまう。高齢者は物がどんどん買えなくなり、暮らしが成り立たなくなる。さらにこの法案は高齢者の年金だけを下げる法案ではなく、全ての人に等しく適用される法案だ。特に将来世代の話をすれば、すでにマクロ経済スライドという年金強制切り下げ制度が始まっていて、2043年までに基礎年金は今より3割減る。将来3割の年金が減り、さらに年金カット法案が成立すれば生活保護に頼らざるを得ない高齢者が続出すると思う。

政府試算の信ぴょう性

 報道されているような年金カット法案で、将来世代の受給額が7%増える事実はまったくない。
 なぜ政府案でそうなっているかというと、政府の試算は2005年からずっと長い間、高齢者の年金を3%カットして巨額の財源をつくり、しかも年4・2%というありえない運用利回りで50年くらい増やして、それが将来世代にばらまかれると7%増えるという計算をしている。
 大前提として、政府の試算は年金カット法案が2110年まで約100年間一度も発動されないという試算。そういう数字だけが独り歩きしているが、年金カット法案が通って、3%減るだけで将来7%増えることは数学的にもありえない。それは数学的に証明済みで、厚労省の年金数理の担当者も事実上認めている。

年金カット法案は必要か

 年金カット法案は不要。場当たり的に削れるだけ削っておこうという発想で、将来世代が少しの額しかもらえない制度が延命されるだけだ。
 政府は年金制度を維持するために年金カット法案が必要と言っているが、制度を維持するためだけならば、1円しか払わない年金制度であれば何千年も持つ。そんな年金制度は意味がない。
 2004年の段階でマクロ経済スライドを入れて、毎年切って切って、ようやく年金財政はぎりぎり100年持つと政府は言っていたのに、それから10年間マクロ経済スライドは一度も発動されなかった。最終手段のマクロ経済スライドが発動されなくて完全に年金財政は破たんしているはずなのに、なぜか2009年も14年も政府の将来計算で「年金制度は100年先まで大丈夫」ということになった。なぜなら経済はもっとこれだけ伸びるはずだからぎりぎり大丈夫だと。14年に至っては年金を株で運用するからこれだけ積立金は増えるはず、だからぎりぎり大丈夫だと。そんな言い方で単に制度の延命をしてきている。

民進党の制度設計は

 年金の制度設計で大事なことは二つある。一つは、老後の暮らしを最低限年金で支える最低生活保障が大原則。その大原則が今ほど失われたらそもそも年金じゃない。もう一つは今の制度のように「若い人は払い損」という世代間の不公平があってはいけない。最低生活保障と世代間公平の二つを何とか両立できるような制度設計をしなければいけない。
 他には数字のでっち上げを政治家の発想でできないように、年金の試算は中立的な第三者機関で行う。同世代で集めた分は老後に分配されるという世代間で会計を区切る疑似的な積み立て方式に近い形も目指したい。
 当然、財源がいるので一つは民主党時代から言っている高所得者に負担いただくことと、歳入庁の設置やマイナンバーの活用できちんと皆さんに保険料を払っていただく。それだけでは足りないから広く薄い相続税のような形で亡くなったあとに回収する形も考えていかなければいけない。

年金制度改革の経過を振り返る

  年金制度の設計は、2000年代に少子高齢化が顕著になってから、さまざまな議論がなされてきた。この約10年の議論を振り返った。

 わが国で1961年に国民皆年金体制として確立した公的年金制度は、急激な少子高齢化・人口減少、非正規雇用の増加等の変化に対応できず、ほころびが生じていた。2000年代に入ると、年金未加入や保険料未納等による国民年金財政の悪化、被用者年金に加入できない非正規労働者の増加、公務員と民間の年金の格差などの課題が浮かび上がった。
 しかし、2004年に自公政権が「百年先まで持続する」として提出した年金改革法案は、こうした課題を真正面から受け止めることなく、従来の制度を維持したまま将来の年金保険料の上限を固定し、その範囲内で給付水準を調整するマクロ経済スライドを導入し、所得代替率5割を確保するというだけの内容にとどまった。政府案は根本的な解決にならないとし、民主党(当時)は、①国民年金と被用者年金等すべての年金制度の一元化②所得に応じて給付する所得比例年金と、所得比例年金だけでは十分な受給額にならない人を給付対象とする税を財源とした最低保障年金から成る年金制度の創設――を柱とする「年金抜本改革推進法案」を提出した。与党は審議を尽くさないまま衆参両院で強行採決を行い、民主党案は廃案となった。
 2007年には、年金記録5千万件が未統合になっている「消えた年金問題」が発覚したが、自公政権の対応は後手に回り、国民の年金制度への信頼が失墜した。
 自公政権は2007年に厚生年金の加入範囲を適用拡大する法案を提出したが成立にいたらず、廃案となった。
 2009年に発足した民主党政権では「消えた年金問題」の解消に精力的に取り組み、未統合の年金記録5千万件のうち、2015年8月までに3084万件の記録を解明し、1848万件を統合したことにより、約2・6兆円の年金給付額を回復させた。
 民主党政権の社会保障と税の一体改革では、①基礎年金国庫負担割合2分の1の恒久化②年金生活者支援給付金の創設③受給資格期間の25年から10年への短縮④被用者年金一元化⑤短時間労働者への適用拡大(対象約25万人)⑥年金給付特例水準の解消⑦厚生年金の産休期間中保険料免除⑧遺族基礎年金給付対象に父子家庭を追加する――などの法改正を行った。
 社保税一体改革は改革の第一段階でしかなく、生活していける年金額の確保、現役世代が信頼できる持続可能な制度とするには、さらなる改革が必要だ。具体的には、①低年金者に対する最低保障機能の強化②被用者は原則厚生年金に加入することを目指し、さらなる適用拡大の推進③GPIFによる年金積立金の運用については低リスクで市場を歪めない方法の確立――等が求められている。

国民年金 男女別年金月額階級別老齢年金受給権者数

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(民進プレス改題14号 2016年10月21日号より)

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