「企画業務型裁量労働制の拡大」や、一定の年収要件等にあてはまる労働者には労働時間や割増賃金等の規定を除外できる「高度プロフェッショナル制度の創設」を含む「労働基準法等の一部を改正する法律案」(残業代ゼロ法案)を政府は第189回通常国会に提出して継続審議となっている。この法案のポイントや問題点について、参院厚生労働委員会委員である石橋通宏議員に話を聞いた。

裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度の問題点

 2006年に誕生した第1次安倍政権は、経団連など一部の財界から要望されていた成果主義型のいわゆる「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入を目指したが、国民の強い反対に遭って失敗した。にもかかわらず、第2次安倍政権、第3次安倍政権でも「高度プロフェッショナル制度」と名前を変えてまでその実現を目指してきたということは、財界にとってそれだけ大切な要望項目であり、非常にメリットの大きいものなのだろう。グローバル化への対応という大義名分の中で、より柔軟で労働時間規制に縛られない「働かせ方」にしたいという要望に加えて、時間でなく成果で賃金を払うという名目が、労働コスト引き下げの観点から経営的にもメリットが大きいからではないのだろうか。裁量労働制についても、これまでは厳格に適用対象や要件を絞って運用してきたわけだが、財界からは対象労働者が少なくメリットが小さいので、適用範囲を拡大して欲しいという要望が出されていたと聞いている。今回、裁量労働制の規制緩和を高度プロフェッショナル制度の導入と併せて法案に盛り込んできたが、これにより経営者側が非常に柔軟な人事労務管理を行うことが可能になるのだとすれば、まさに「働かせ方改革」となりかねない。労働基準法改悪案だ。

 あらためて、法案の最大の問題は2点。まず裁量労働制の拡大で、特に企画型裁量労働制を営業職に拡大してしまうこと。「課題解決型提案営業」としているが、その定義の範囲があいまいで、運用次第では非常に幅広い営業職の労働者に適用されてしまう懸念がある。裁量労働制は、年収要件も年齢要件も経験要件もまったくないのが問題。業務に適用する労使合意ができてしまえば、該当する人たちがみんな対象になってしまう。結果的に、まったく裁量権など持っていない労働者までもが適用対象になってしまいかねず、危険極まりない。

 現状でも、裁量労働制対象労働者に過労死や精神疾患が増えつつある。問題は、適切に労働時間管理がされていないことで、実際は100時間以上働いているのにその労務管理上の記録がないので、労災の申請や裁判に訴えることが困難。現場で弁護士さんが頑張っても、証拠集めに1年以上かかるような話も聞く。実際、みなしの時間と実労働時間との間に大きな乖離があることが問題になっている。短期的には、この裁量労働制の拡大の方が労働者への悪影響が大きいと考えている。

 2点目は、高度プロフェッショナル制度。これは本当にとんでもない制度だと思う。労基法上の労働時間規制や残業代規定だけでなく、休憩時間規制や休日規制まで取っ払って適用除外にしてしまう。しかもターゲットは一般社員。労基法上の規制のない青天井の世界で、果たして普通の社員が自分で「今日は疲れたからもう帰ろう」という裁量を持てるのか。

 第2次安倍政権が誕生して以降、このテーマが産業競争力会議や規制改革会議等の場で議論されてきて、段階的にさまざまな案が出てきたが、議論の途中では年収要件も何もなく、非常に幅広く一般社員に適用させてしまおうという案も出ていた。われわれは強硬に反対の声を上げて、結果的に年収要件が入れられ、法律事項としては平均賃金の3倍めど、これは現状の目安としては1075万円以上になるが、基準が示された。しかし、給与水準の高いプロフェッショナルだったら際限なく働いてもいいわけではないし、健康を害さないわけでもないし、生活が大事でないわけでもない。しかも、過去の労働法規制緩和の歴史を見ても、いったん制度に穴が開けられれば、次第に対象範囲や年収要件が緩和されて、どんどん適用対象が広がってきた。私たちは、今回の政府法案を「過労死促進法案」や「残業代ゼロ法案」と称しているが、まさにそういう事態を引き起こしてしまう本当に大変問題のある法案だと思う。

穴だらけの健康確保措置

 高度プロフェッショナル制度は、命や健康、生活を守るための労働基準法上の時間規制を適用除外するという話なので、その時点で、実質、労働時間は青天井となる。政府は、健康確保措置があるから青天井にはならないと言っているが、これがまったく穴だらけで実効性がない。法案が規定する健康確保措置は、経営者に対し、高度プロフェッショナル制度の適用対象になった労働者に対して次の3つの措置のいずれかをとることを義務付けるもの。それは、(1)24時間の中で省令で定める時間の休息を取らせる(2)1カ月または3カ月の労働時間を、省令で定める上限労働時間以内にする(3)1年で104日以上、かつ4週間で4日以上の休日を確保する――この3つのいずれかを適用すればそれで健康確保措置になる。これではまったく歯止めにならないことは、すぐお分かりになると思う。

 例えば(1)の休息時間を適用するとしても、まずそれが何時間になるかわからない。8時間になるか12時間になるかで全然違う。また、仮にヨーロッパ並みの11時間になったとしても、それで健康確保ができるかというと、できない。なぜなら、それでは24時間のうちに11時間休息を取らせることだけが縛りになって、それ以外は何もしなくてもよくなる。合法的に13時間連続で働かせてもよく、しかも、(2)や(3)の措置は適用しなくてもよくなるので、労働時間の上限規制も、休日規制もない。だから法律上は、極端に言えば、13時間連続勤務を1年365日(5日間の年休付与義務が制度化されれば360日間)させても合法になる。

 健康管理時間の把握や医師の面接指導の規定もあるが、面接指導も、残業時間が月100時間以上の場合に医師の面談を義務付けるだけで、医師がお墨付きを与えてしまえば引き続き働かせることができるし、恐らく本人は「私は大丈夫です」と言わざるを得ないだろう。なぜなら、働いて成果を出さなければ、給料をもらえないか、ラインからはずされることにつながる制度だから。結果、それが過労死や精神疾患の原因になるわけで、だから実効性が相当に疑わしいと思う。今、問題になっている電通の過労自死問題(※1)で、亡くなった高橋さんのお母さまが本当に切実な訴えをされたことに対して、安倍総理は実効性ある対応をするかのように言っている。であればまず、この問題の多い「残業代ゼロ法案」を廃案にして、抜本的な労働時間規制強化を盛り込んだ内容で出し直すべきだ。ここをわれわれは追及していく。

労働基準法の一部を改正する法律案の概要

労働基準法等の一部を改正する法律案の概要


働きすぎを抑止するために

 長時間労働の抜本的対策は、労働者の命や健康を守ることはもとより、生活と仕事とのバランスを確保し、家庭や地域の支え合いをつくる上でも大変重要かつ喫緊の課題だ。われわれ民進党は、安倍政権の言行不一致の対応を徹底的にただしつつ、きちっとした対案(4面参照)をベースに、制度改革も含めて実現を図って全力で頑張っていきたい。そのために国民の皆さまにはぜひお力をいただければと思う。


(民進プレス改題17号 2016年12月2日号より)

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