南スーダンでのPKO活動に、駆けつけ警護が加わった。各国と比べ、大きく劣る自衛隊の救急救命体制。民進党は自衛隊員の命を守るために救急救命法案(第一線救急救命処置体制の整備に関する法律案)を提出した。法案作成に関わった大野元裕参院議員に話を聞いた。

 この法案が11月15日に衆院に提出された同じ日に、政府は、昨年成立した安保法制に基づき、新たに任務遂行型の武器使用権限を付与した駆けつけ警護を南スーダンで行うと閣議決定しました。

 われわれは、自衛隊の救急救命体制が他国に比べ相当劣っているという問題意識から、まずは、自衛隊員の命を救う法律を優先させるべきと考えこの法案を提出しました。
 自衛隊の現場が抱える問題は4つあります。第1に装備です。隊員が持つ携行救急品、部隊が保有する救急品がありますが、数や質の面で非常にひどい状況にあります。
 2つ目に、検定までを含めた教育・訓練の体制が整っていないことです。この検定とは、実際に救命が現場で行えるかどうかというものを確かにすることです。自衛隊では3段階の検定試験を行っています。
 3つ目は部隊の展開です。自衛隊には、医官(医師)、看護師、准看護師、救命救急士で、「メディック」と言われる医療経験者がいますが、この人数が足りません。さらに、第一線の後方に負傷者の収容所、その後方に大規模な収容所、病院がありますが、現状では第一線から収容所までの間にはこの「メディック」は配置されていません。米軍では、重症の負傷者は30分以内に90%が死亡するとされていますが、その内の15%は的確な救命措置を行えば救える命だと考え、メディックを配置しています。われわれもこの考えから部隊の展開を変えなくてはなりません。
 4つ目は、災害時もそうですが、大量に死傷者が出た時に、その場で対応する措置がほとんど確立されていない点です。米軍は前線では応急措置のみで、後方で治療をする時間を稼ごうとします。しかし日本では、第一線で(※)トリアージを伴う応急治療を行うとしています。米国と違い、日本の応急治療では一人ひとりの対応に時間がかかるため、多くの負傷者がいっぺんに出た場合、救命体制が組めなくなります。こういった問題を全体的に見直さなくてはなりません。

現状に対応できていない装備と訓練

 自衛隊員が国内で携行している衛生品ポーチには、包帯と止血帯の2種類しか入っていません。PKOで国外に行く隊員は8種類程度入った応急セットを持っていくようです。日本で治安出動があれば、同じ応急セットを持たせるということですが、問題は訓練が出来ていないことです。
 現在、南スーダンをはじめ世界中に出回っているAK47という自動小銃に使われている7・62ミリ弾で撃たれた場合、弾が当たったところよりも出るところの方が大きくなります。包帯と止血帯の2種類だけしか携行していない場合、その大きくあいた射出口をこの包帯ではふさげません。この為の止血用のガーゼも通常の携行品には入っていません。止血ガーゼなどが入った応急セットを今自衛隊は500セットしか持っていません。今回南スーダンに行く部隊は350人。残りの150セットは緊急用に取ってあるので訓練用のセットがありません。訓練なしで弾が飛び交っている中、どうやって自分の命を救うのか。日頃の訓練とともに十分な量を確保し、実際に現場で使えるようにすることが重要です。7・62ミリ弾で撃たれれば約6リットルの出血があると言われ、15分で気を失います。それまでに自分で止血ができるまで習熟することはとても難しいことです。

駆けつけ警護付与で直面する危険

 南スーダンについては、このような医療措置の充実も必要ですが、それ以前の問題として、意義のある活動が安全に出来るかがとても大事です。これが出来ないと判断し、私は防衛政務官の時にシリアのゴラン高原から自衛隊を撤退させる決断をしました。自衛隊、自衛官は、法律に則り、政治家の命令に従って行動しますので、彼らに対する責任ある決断を下せていないということは医療以前の問題として、私はあると思います。

 南スーダンでは国連が長い間活動をしていますが、11月9日に発行された国連の報告書の中で、自衛隊が活動しているジュバ市とその近郊は、「ボラタイル」つまり不安定な状態にあり、継続的に悪化しているとなっています。しかし安倍総理も稲田防衛大臣も「ジュバ市内は比較的安定している」と、全く逆のことを言っています。安定していると言いたいのであれば、それをとことん証明しなければいけません。人の命がかかっているのですから。

 今の装備の部隊で、ある程度までは活動が出来るとしても、駆けつけ警護が付与されるとなれば、騒乱が起きている中で武器を向けたり、威嚇射撃をすることが発生します。その時に相手を制圧出来ればいいが、果たして不安定な状況の中でそれが出来るか、任務をこなせるのか。逆に自衛隊が、あるいは助けに行った対象が危険にさらされる可能性もあります。

 自衛隊が装備している自動小銃では5・56ミリ弾を使用しています。対して南スーダンでは7・62ミリと12・7ミリ弾の武器が主流です。南スーダンではこういった武器が軍や反政府勢力だけではなく、部族勢力や民間に出回っています。そんな相手の中に入って威嚇射撃等をするということは果たして何を意味するのか。物理的、能力的に自衛隊がそれに対処できると過信することは、政治の甘えだと思います。

政治家の責任を果たすために

 この法案は、与野党とか政局の話ではありません。日本国内でもテロなどが起こる可能性もあります。安倍総理の言葉を借りれば、日本の安全保障環境は変わっているわけですから、もし自衛隊に何かを命令するのであれば、政治家としての責任を果たすことが一番大事なので、政府・与党は、この法案をしっかりと早く審議するべきだと強く言いたいです。


■■冷戦時代のパラダイムから抜け、最善の体制を■■

民進党青森県第3区総支部長 工藤 武司(くどう・たけし) 防衛大学校、豪州国防大学卒。イラク派遣、防衛省陸上幕僚監部防衛課幕僚、統幕運用部幕僚、第12偵察隊長等歴任

民進党青森県第3区総支部長 

工藤 武司(くどう・たけし) 防衛大学校、豪州

国防大学卒。イラク派遣、防衛省陸上幕僚監部防

衛課幕僚、統幕運用部幕僚、第12偵察隊長等歴任


 「第一線救急救命処置体制の整備に関する法律案」(自衛隊員救急救命法案)を民進・自由両党が11月15日、衆院に共同提出しました。自衛隊員の命を守る救急処置体制に焦点を当てた画期的な法律案です。

 第一線、そして防衛力整備を担当する防衛省中枢部署で勤務した経験から、私は衛生医療分野がなおざりにされていると感じていました。それは、決して防衛省・自衛隊が隊員の命を軽視していたということではありません。冷戦時代のパラダイムからなかなか抜け出せず、限られた資源(予算、人員等)の中、正面装備が優先され、医療・衛生分野を含めた後方支援体制が後回しにされてきた防衛力整備の結果であると言えます。

 しかし、自衛隊の任務が多様化し、かつ民主主義国では死傷者ゼロを追求するゼロカジュアリティー・ポリシーが前提となる傾向が強まる中、救急救命処置体制整備の重要性は論をまちません。

 元自衛官という立場からみて、本法律案には以下の3つの意義があると考えます。

 (1)「第一線で任務を遂行する自衛隊員の命を守るため、最善の体制を構築する」という国の意思を示すこと。 

 (2)後回しにされがちな医療分野の体制整備について、きちんと法律で律すること。

 (3)ゼロカジュアリティー・ポリシー先進国の米国等の状況を勘案するよう法律で律すること。

 私は、イラク派遣や訓練等を通じて作戦行動の過酷さを体感し、実力を行使することのリスクを認識しています。同時に、現実の国際社会で日本が存立していくためには抑止の観点からも実力を保有し、行使できる状態にしておくことの必要性も肌で感じています。

 本法律案はいろいろな意味で自衛隊の能力向上につながり、抑止力向上にも寄与するでしょう。命令により任務に従事する隊員の命を守るためにも、そして相手に実力の行使を思いとどまらせ、戦いを未然に防止するためにも本法律案の成立を願ってやみません。

(民進プレス改題17号 2016年12月2日号より)

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