今国会の大きなテーマとなる「働き方改革」。安倍政権は長時間労働の規制を掲げる一方で、「高度プロフェッショナル制度」の導入や「裁量労働制の拡大」を盛り込んだ労働基準法の改悪をもくろんでいる。こうした政権の動きをどう見るのか。1988年から「過労死110番」の活動に参加、長年過労死問題に取り組んでいる川人博(かわひと・ひろし)弁護士に話を聞いた。

全労働者のうち約1割が
過労死水準の労働時間

 厚生労働省は1カ月の時間外労働時間がおおむね80時間に達すると過労死に至る危険性が高いとしている。これを現時点での1つのガイドラインとすると、日本ではいわゆる正規雇用のフルタイム労働者のうち、どんなに少なく見積もっても1割以上はおおむね平均月80時間以上の時間外労働をしている。つまり、政府が過労死が発生してもおかしくない状態だと認める水準にある労働者が、おそらく多くの企業に存在するという深刻な状態に今あると思います。
 政府は「働き方改革」の議論のなかで、長時間労働に規制を設ける方向で調整をしていますが、今報道されている残業時間の上限規制を月最高100時間、2カ月の月平均80時間にするという案には、私はもちろん反対です。厚労省は従来から、健康障害防止の観点から時間外労働は月45時間以下に努めるよう呼びかけてますから、45時間を上限として設定するのが、おそらく厚労省の従来からの見解とも整合すると考えています。

EU並みのインターバル規制
11時間で過労死防止を

 過労死の多くは睡眠不足が大きな原因になっていますから、インターバル規制(※下の記事参照)がきちんと導入されればそれだけでもほとんどの過労死は防ぐことは可能だと思います。それくらい日本ではインターバルが短い。インターバルがゼロの徹夜労働もよくありますし、2、3時間しか眠ることができないようなインターバルは日常茶飯事と言ってもいいわけです。インターバル規制の導入は過労死防止のために決定的な役割を果たすものですから、ぜひ実現をしてもらいたいと思っています。
 インターバル規制をEU並みに11時間確保することが必要だと思います。今、労使協定でインターバル規制を敷いている職場が一部ありますが、だいたい7時間くらいです。これでは実際の睡眠時間はせいぜい4、5時間しか取れません。今はある意味EUだけが孤立するような状況も生まれかねず、日本が同じように規制をすれば世界的にも影響力はかなり大きい。そういう意味でも日本がどっちの方向に向かうかはとても大事だと思います。

長時間労働で政府はブレーキ以上に
何倍ものアクセルを踏んでいる

 今、問題になっている事業場外みなし労働時間制や裁量労働制は、分かりやすく言えば何時間働いていても、例えば8時間働いたことにしましょうという制度です。日本では4時間程度しか働いていないのに8時間働いたということにはまずならないでしょう。むしろ逆の方向で12時間働いても8時間とみなすというのが実際の適用で、長時間労働をより促進する方向に機能する。少なくとも、現状よりさらに裁量労働制を拡大するような法律改正はすべきではありません。
 加えて、「高度プロフェッショナル制度」の導入は、裁量労働制よりももっと強烈で、規制緩和というより規制の完全撤廃というようなものです。そういったものを今の日本の職場に導入した場合、際限のない長時間労働を促進するのは確実と言ってもいいでしょう。どうしてこんなに例外をたくさん作りたいと考えるのかは疑問であり、危険です。
 今の政府の動きは、10の力のうちの1か2くらいブレーキを踏んで規制する一方で、その何倍ものアクセルを踏むという政策の方向なのではないか。世論の批判も強いなかで長時間労働の上限規制を少しだけする。そういう意味で多少のブレーキは踏むけれどもそれ以上に強くアクセルを踏み、結果的に見れば現状よりも悪化する危険性があるというのが、今の政府の長時間労働の規制、新しい法律案をめぐる情勢の特徴だと思います。ここはなんとか正しい方向に持っていくことが必要です。

労働生産性に関係なく
過労死はいけない

 長時間働けば経済は成長し、企業は業績を上げられるのか。最近、労働生産性を高める方策として長時間労働の是正の是非が議論されることもありますが、労働生産性に関係なく人間の、労働者の命と健康は大事であり、過労死は発生させてはいけない。これが大原則です。ここをはっきりさせておかないと、経済成長のためには多少の犠牲はやむを得ないという議論につながっていく危険性があります。
 その前提の上で、現在の日本で長時間労働を削減することは、少なくとも労働生産性の低下にはならないと私は思います。疲れきっているのにノルマを達成するためにさらに長時間労働を繰り返すと、健康を害することはあっても業績を伸ばすことにはならない。今の長時間労働は企業経営にとっても多くの場合意味を持たない、むしろ害をもたらしている点を経営者に訴えていくことも大事だと思います。


―――過労死ゼロ、ワークライフバランス
実現、労働生産性向上へ―――
民進党など野党4党提出の「長時間労働規制法案」の成立期す

長時間労働規制法案概要


労働時間の延長の上限規制

 現行制度では、36協定によって延長できる労働時間の限度時間は、告示である基準で定められているにすぎず、法令による上限規制にはなっていない。また、基準では、特別条項付きの協定で臨時的に特別の事情が生じた場合について、限度時間を超えた労働時間の延長を定めることを認めており、その場合の上限の設定はない。そのため、労働時間の上限は実質的に無制限となっている。
 本法案では、36協定による労働時間の延長に上限を規定する(具体的な上限の時間については、労働者の健康の保持及び仕事と生活の調和を勘案し、厚生労働省令で決定)。それにより36協定によって延長できる労働時間に上限が設けられ、長時間労働が是正されることになる。

インターバル規制の導入

 現行制度では、勤務と次の勤務の間隔については、一部の職種を除き規制は存在しない。そのため、深夜まで残業させた上に、翌日も早朝から働かせることも可能で、労働者が心身の健康を害する原因となっている。
 本法案では始業後24時間を経過するまでに、一定時間以上の継続した休息時間(インターバル)の付与を義務化する(具体的な時間については、労働者の健康の保持及び仕事と生活の調和を勘案し、厚生労働省令で決定)。これにより、休息時間が1日の間に一定時間以上確保され、長時間の連続勤務が抑制されるようになる。

(民進プレス改題22号 2017年2月17日号より)

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