医療・介護から描く日本の未来


 団塊の世代がすべて75歳以上となる2025年。これから先の時代は、生まれる子どもが減り、亡くなる高齢者が増える「少産多死社会」に移行していきます。今後の日本の医療・介護はどうあるあべきか。日本を代表する有識者のお三方と、ネクスト厚生労働大臣の足立信也参院議員に語っていただきました。

跡見 裕


 「増税も良しとする確たる設計を」

■プロフィール

日本臨床外科学会会長、杏林大学学長
跡見 裕(あとみ・ゆたか)
1944年愛知県一宮市に生まれる。70年東京大学医学部医学科卒業後、同大医学部講師などを経て、92年杏林大学医学部教授。2004年医学部長。10年杏林大学学長に就任。


邉見 公雄


「地域包括ケアシステムで重要なのは慢性期医療」

■プロフィール

公益社団法人全国自治体病院協議会会長、赤穂市民病院名誉院長
邉見 公雄(へんみ・きみお)
1968年京都大学医学部卒業。大和高田市立病院、京都逓信病院などを経て、1978年赤穂市民病院外科医長に着任。医学博士。現在、公益社団法人全国自治体病院協議会会長、赤穂市民病院名誉院長などを務める。

武久 洋三

 「国民皆保険とフリーアクセスを守る」

■プロフィール

日本慢性期医療協会会長
武久 洋三(たけひさ・ようぞう)
1966年岐阜県立医科大学卒業。徳島大学大学院医学専攻科修了後、徳島大学第三内科を経て、1984年博愛記念病院を開設。現在は医療法人平成博愛会理事長、社会福祉法人平成記念会理事長。


足立 信也

 「誰もが受益者になる制度を」

■プロフィール

参院厚生労働委員会筆頭理事、「次の内閣」ネクスト厚生労働大臣、筑波大学客員教授
足立 信也(あだち・しんや)
1982年筑波大学医学専門学群卒。筑波大学臨床医学系外科助教授、筑波大学メディカルセンター病院診療部長を経て、2004年の参院議員選挙に大分県選挙区から出馬し初当選。民主党政権時代、鳩山内閣、菅内閣で厚生労働大臣政務官を務める。現在3期目。


「少産多死社会」の医療と介護

 足立 来年は医療の診療報酬と介護報酬が同時改定され、医療計画(第7次)と介護保険事業計画(第7期)が策定されます。これらが同時に実施されることは、2025年以降の医療・介護の方向性を決める最大の節目になると考えられます。

 医療と介護報酬の同時改定、その柱となる地域医療構想と地域包括ケアシステムについて、先生方はどのようにとらえられていますか?

 跡見 本来、医療と介護は切り離せないもの。「ここまでが医療でここからが介護」と言われても、誰も納得できません。それが財政上の問題から診療報酬と介護報酬に分けられてきました。来年の同時改定が、医療と介護を一体化する一つの道となることに期待しています。

 地域包括ケアシステムは、日本版CCRC(※1)になり得ると考えています。簡単にいえば「高齢者の医療・介護ケアシステムが整った、健康的に人生を楽しめる地域づくり」です。

 足立 地域包括ケアシステムは、民主党政権時に法律に位置づけた概念です。中学校区くらいの地域単位でつくる医療・介護・住居・福祉・生活支援等のケアシステムのセット、いわば21世紀のコミュニティーの再生です。

 邉見 この仕組みはこれからの社会には絶対に必要です。医療者からみて、地域包括ケアシステムで大事なのは、慢性期医療です。療養やリハビリテーションに比重がかかるこれからの医療は、慢性期や在宅医療の方向に向かわざるを得ません。

 ただ、財源の問題は見通しが立っていませんね。安倍政権は消費税を上げられなかったし、財源がないから次の改定では診療報酬も介護報酬も下がるといううわさもあります。 そういえば民主党政権時には、2回とも診療報酬を上げていただき、ありがとうございました。

 武久 赤ちゃんが減って後期高齢者が増えるということは、税金を払う人が減り、税金を使う人が増えるということ。このままいけば財源不足は明らかです。

 足立 地域医療構想では、2025年に向けて全国の病院で15万6千床を減らして医療費を減らす計画です。これを実現するには、医療の無駄を省き効率化しないといけない。

 武久 これまで何が無駄だったかというと、入院期間が短いはずの急性期病床(※2)が、慢性期病床の3倍もあることです。急性期の患者さんの容態が落ち着けば、慢性期病床に移して治療した方がいいのに、急性期と呼ぶには中途半端な患者さんを無駄に長く急性期病床に入院させていた。日本の平均在院日数は、他の先進国の5~8倍も長い(※3)。これはおかしいですよ。仮に平均在院日数を半分にできれば、医療費も半分で済みます。介護費用も少なくて済みます。日本の寝たきりは米国の5倍で、急性期病床に長くいることが寝たきりの原因となっています。

 急性期医療は臓器別の専門医が診ますが、後期高齢者はあちこちの臓器が悪くなっているものですから、慢性期の総合診療医に診てもらった方がいいわけです。このような医療の在り方を改善すれば、寝たきりが減り医療費も節約できるはずです。

地域医療の中の公立病院の役割

 足立 地域医療構想が必要とされる背景に、高齢者人口の増加度合と、住民が享受できる医療サービスの地域差という問題があります。

 医療サービスにおけるこうした著しい地域差の問題を解消する糸口として、どんなことが考えられるでしょうか?

 邉見 過疎地域などでは、保険料を払っていても、地元で充実した医療を受けることができないという事態が発生しています。医師をはじめとする医療スタッフ、医療施設そのものが不足している地域は多い。

 だから私は、地域医療確保制度を作ってほしいと訴えています。47都道府県どの地域でも、適切な医療サービスを受けられる機構を作っていただきたい。

 武久 その地域に必要とされる医療は、各県各地で全く違ってきます。例えば、人口が少ない地方に病院が新設される可能性は、ちょっと考えにくい。そんなケースでは、既存の病院をネットワーク化すればいい。

 住民のニーズがあって、それを満たす条件を考えればいいのに、行政区画で画一的にやるから地域差が生まれてしまいます。

 足立 人口も経済活動も充足している都会では、民間病院で事足りてしまうので、公立病院はいらないという意見も多いですね。しかし、民間医療が成り立ちにくい地域では、公立病院がないと困ってしまいます。

 武久 公立病院がないと日本の医療は成り立たない。利益だけで考えるのではなく、赤字が出ても住民サービスとして成り立たせるのが医療ですから。これは当然の原則論です。

 さらに地域医療構想では、地域ごとの各論をもっと認めるべきです。厚労省の取り決めに従うだけでなく、もっと地域の特性を活かせる独自のアイデアを各自治体に持たせ、任せていった方がいい。

 跡見 各都道府県には、必ず一つは大学病院があります。

 大学病院は高度先進医療を担いつつも、地域医療の中核としてその機能と資産を提供することができます。地域医療構想、地域包括ケアシステムでも活用していただきたい。

  残念ながら、地域包括ケアシステムについての教育は、まだまだこれから充実させなければいけません。今後は、地域医療の教育がますます重要となってくるでしょう。

 邉見 大学病院が持っている公衆衛生のデータは非常に貴重です。これを活用すれば、どの地域にどんな問題を抱えた患者さんが多いかが分かるし、救急搬送に必要なシミュレーションなども行えるでしょう。

 自治体の医療政策担当者には、ぜひ大学を利用したデータ活用に取り組んでほしいですね。

 跡見 マイナンバーの活用なども何とか考えたいですね。

 足立 効率化ということで言えば、今、学校や職場の健診といった医療のビッグデータをいかに利用するかという法案が国会に出ています。情報の共有、その情報をいかに使うかも大事なことだと思います。

危機的な病院・介護施設の経営

 足立 地域医療構想と地域包括ケアシステムは、今後の日本社会を持続可能なものとする新たなコミュニティー再生を目指すものであり、診療報酬・介護報酬の同時改定は、これら二つの取り組みを推進するものとしてあります。共通理解ができたところで、これらを実現するための現実的な課題について考えます。

 2025年を見通して、医療機関や介護施設の経営を難しくしているものは何でしょうか。

 邉見 控除対象外消費税問題(※4)が大きいですね。一番大変なのは大学病院です。高度先進医療などで新しい機械を入れると、経常収支が1%ほどなのに、消費税で8%も持っていかれる。地域のためにアメニティを改善し、医療レベルを上げたら赤字になるという事態が起きています。

 跡見 消費税の問題は本当に大きい。一つの大学で大体27億円払っています。経営状態はこのところ急に悪くなってきて、特定機能病院で大学以外の病院も急激に悪化しています。相当危機的な状況ですね。

 武久 人件費が上がっているのに、介護報酬も診療報酬も下げられています。現在は、病床稼働率が90%ないと赤字になる。分かりやすく病床数100とすると10床空いたら赤字です。今後は稼働率が95%ないと赤字になるでしょう。

 足立 特に介護に関しては、2年前に2.27%、介護報酬が下げられたので、本当に現場としては人を雇えない状況になっています。ただでさえ人手不足の中、もう回っていかないということですよね。

医療・介護の未来を築くために

 足立 国でも財源の問題が緊急課題となっています。医療保険・介護保険の未来も見通しにくくなっている今、2025年を過ぎて人口減少がさらに進んだ次の時代に向けてどうすべきか? 最後に一言ずつお願いします。

 跡見 少子化で財源が減ってきたら、何かの財源を求めるしかない。それは今のところ消費税ということになるでしょう。

 国民の一番の不安は、病気になったとき、高齢で介護を受けるときにどうするかということです。

 ここをきちんと担保する制度があれば、多少の消費増税は受け入れられるはずです。そこをしっかり見通せるグランドデザインを、これからの政治に望みます。

 邉見 国民皆保険は、戦後の日本を豊かにし国民の健康に寄与してきました。

 今まで日本が国民皆保険を維持できた理由として、次の3つが考えられます。「右肩上がりの経済成長」「軍事にお金を使わなかったこと」そして「侍の心」です。「侍の心」というのは、日本人のモラルの高さです。医療でもうけようという医者が少なかったことと、患者さんが医療に非常識なクレームをつけてこなかったこと。両者の信頼関係の根底に「侍の心」があったという意味です。 

 現代は、国民皆保険の維持がとても難しい状況と言わざるを得ません。今後は国民の啓発も含めてしっかりやる必要がありますね。

 それと、私も長期的には消費税は上げるべきだと思います。ちゃんとしたビジョンで、「こういうことで必要」と言えば、理解も広がると思います。

 武久 国民皆保険とフリーアクセス、この2つを守りたい。そのためにはやはり医療の効率化です。平均在院日数を減らし、寝たきり患者を減らす。さらに健康寿命(※5)と平均寿命の差を減らすことも重要。女性ではこの差が12年もあります。これを何とか半分にすれば、医療を効率化できるでしょう。

 まだまだ医療・介護のレベルを下げずに効率化できると思います。ぜひ民進党には他党と議論を重ね、いい医療制度を作っていただきたい。

 足立 効率化をしつつ、財源確保との両方の議論が必要です。高齢者が増え、人口減少が進んでいくとなると贈与税、相続税が増える可能性が高いわけですから、それらの活用も着目点です。ただ、受益者が限定されては痛税感しか残りませんから「皆保険を望む国民の思いを受け止めた、だれもが受益者になる」制度でなければなりません。民主党政権当時に示した「社会保障と税の一体改革」では消費税率の引き上げによる増収分をすべて社会保障に充てると決めましたが、社会保障の対象はそれまで医療、介護、年金だったのを子育て支援にも使えるようにし、高齢者だけでなく現役世代も受益者になるという形にしました。これは極めて大事な発想だと思っています。


(※1)1970年代に米国で増え始めたCCRC(継続介護付き高齢者地域共同体)は老人ホームのような施設に移り住むのではなく、医療・介護ケアが整った、第二の人生を快適に送れる地域コミュニティーに移住しようという考え方が特徴。
(※2)日本では病床数を基準に、医療従事者数など医療供給体制が決まる。病床数が増えるほど、国側の医療費負担も増加する。
(※3)従来の保険診療では診察行為ごとの点数計算だったが(出来高支払い方式)、DPC(包括医療費支払い制度方式)では、1日当たりの定額点数が入院期間に応じて定められる。DPC制度により、必要以上の長期入院は、医療機関の減収につながる。
(※4)社会保険診療は非課税であり、医療機関は患者から消費税を受け取れない。一方、備品や医薬品などの仕入れには消費税がかかる。社会保険診療を行うための仕入れに支払った消費税は控除対象外となり、医療機関に大きな負担となる。
(※5)健康上の問題なく日常生活を送れる期間。自立した人間らしい生活の維持という意味で、平均寿命よりも健康寿命が重視されている。


(民進プレス改題24号 2017年4月21日号より)

民進プレス電子版のお知らせ: