豊かな自然に恵まれた能登半島。その中央に位置する石川県七尾市で行われている取り組みが注目を集めている。地域密着主義の信用金庫を起点に民間と行政が手を組んだ創業支援プロジェクトを取材した。

 全国には、地域の経済、産業を支え、人を育て、未来をつくろうとしている人々がいる。石川県七尾市に本店を置く「のと共栄信用金庫」の取り組みもその一つだ。
 県内に27店舗1出張所を置き、2015年には創立100周年を迎えた同信金は、地元経済の活性化をリードする。さまざまな試みに意欲的に取り組む大林重治理事長が現在力を注ぐのが「ななお創業応援カルテット」(以下、カルテット)。のと共栄信用金庫、七尾商工会議所、日本政策金融公庫、七尾市が連携し、14年1月に発足したプロジェクトだ。
 創業希望者のニーズに応える仕組みとして、市役所からは補助金があり、商工会議所では起業セミナーを行い、金融公庫、信用金庫には融資枠がありと、それぞれ個別に存在していた。しかし、いざ利用するとなると、その全ての機関と個別に相談しなければならない。こうした創業への道筋づくりは、創業希望者にとって小さくない負担となっていた。
 ならば、その負担を減らせば創業者が増えるのではないかと、それぞれの垣根を越えて仕組みを組み合わせ、ワンストップで行えるようにしたのが、このプロジェクトだ。

創業者を惹きつける能登半島の魅力

 多くの地方都市で課題となっている年々増える事業者の廃業と、地域経済の衰退への対策として発案されたプロジェクトだが、折からの人口減少の中で果たして何件の創業に結び付くのか、スタート前には誰にも確信はなかった。
 しかし、いざスタートしてみると、これまで122人の相談者が訪れ、52人が創業。想像以上の成果だ。
 大林理事長はこう分析する。
 「創業者を業種で見ると、飲食・サービスが80%を占めています。これは能登産の水産物や野菜、肉などの食材の魅力が大きい。IターンとUターンを合わせると15%ですが、これはまだ増える可能性があります」
 実際にプロジェクトの支援を受けて、昨年七尾市内にイタリアンレストラン「VILLA DELLA PACE(ヴィラ・デラ・パーチェ)」を開業したのが東京出身の平田明珠さんだ。東京でイタリアン・シェフの修業をしていた平田さんは、七尾の生産農家を研修で訪れる機会があり、食材の豊かさや環境に惹かれ、この地での独立を決意した。
 プロジェクトを担当する同信金の小石芳一執行役員は、こう振り返る。
 「カルテットのスタッフと平田さんとで店を開く場所を探し回ったのが印象深いですね。物件が見つかった後も、私を含めて家主さんとの交渉などいろいろとお手伝いをしました。創業までの過程でさまざまな人が関わっていくというのが、カルテットの一番の特徴です」
 創業希望者の思いを形にするため、地域を知る地域の人がつながって力強く後押しする仕組みがある。

取り組みを伝える冊子「にんじん通信」

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アフターサポートが創業者の安心を支える

 創業者の40%を女性が占めることもこのプロジェクトの特徴だ。全国平均約20%の2倍も女性創業者が生まれていることについて、大林理事長はこう考える。
 「創業は非常にリスクが高い。しかし、カルテットのようなスキームがあれば何とかやれるだろうと判断するのではないでしょうか」
 プロジェクトが力を入れる仕組みの一つ、創業後のアフターサポートも有効だ。創業者が行き詰まってしまうケースの裏には孤独があるのでは、という考えの下、創業者同士の交流の場「ななおカルテット村」をネット上に設置。悩みを相談したり、助け合いの場となっている。

「地域のことは地域が動かさねば」が、共通の思い

 プロジェクトへの思いを、小石執行役員はこう語る。
 「実はカルテットで連携する機関で中心になって率いている担当者は、私も含めて地元出身者です。『地域のことは地域が動かさなければならない』という共通の思いで、それぞれの部署で取り組んでいるんです」
 「あるものをとってくる『狩り』の発想ではなく、種をまいて地域に実りをもたらす『農耕』の発想」だとも言う。
 カルテットに注目し続けている、近藤和也・石川県第3区総支部長の思いも同じだ。
 「地域への愛情、共に歩んで支えてきたという誇りと責任感の結晶の一つがこのカルテットなんだと思います。時には法律や制度の運用の見直しが必要な場面もあるはず。さらなる創業、事業維持拡大が地域の元気につながるよう政治の場からお手伝いしていきたいと思います」
 最後に、大林理事長は、七尾市の未来についても語ってくれた。
 「他の地域に広く知られていない地元の産品はまだまだあります。カルテットを利用して農業の6次産業化も含めてブランド化していくなどすれば新たな雇用を生むことにもなります。七尾にはまだまだ可能性があります」
 地域経済のために地域を知る人ができることをやる、地域の人から始まる経済活性化策がここにあった。


(民進プレス改題25号 2017年5月19日号より)

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