大阪府岸和田市で運営されている住宅型有料老人ホーム「いこいの森」。開設当初から注目されるユニークな取り組みと、日本の介護業界の現状・課題について取材した。


 地域の経済、産業を支え、人を育て、未来をつくろうとしている人々が全国にいる。大阪市の株式会社アスコンもその一つだ。同社は有料老人ホームの運営や訪問介護、福祉用具のレンタル・販売及び手すりなどの住宅改修を行う介護福祉関連企業。

 国の総人口に対して65歳以上の高齢者が占める割合を高齢化率と言い、この割合が7%を超えた社会が「高齢化社会」とかつて国連の報告書で定義された。日本では1970年にこの水準を超え、現在はこれをさらに上回る「超高齢社会」(※)へと突入している。ますます高齢者福祉が重要視される中、同社は老後も安心して暮らせる未来づくりに取り組んでいる。

 取締役会長を務める河内和夫(かわうち・かずお)氏は建築業界の出身だが、2000年に施行された介護保険制度をきっかけに介護事業を始めた。大手介護関連企業の仕事を受けるようになった同社は、その丁寧な仕事ぶりが評判となり、介護関連の仕事が増加。そんな中、住宅改修先でよく聞かれたのが「介護施設は持ってないの?」ということだった。

 「本当にどのお宅でも聞かれ、介護施設の不足を痛感しました。そこで、住宅改修だけでなく、施設の運営も始めようと決意。銀行に融資の相談へ行ってみると、タイミング良く国から助成金が出ることが分かり、すぐに計画書をまとめて申請。無事に助成金をいただけることになったのです」

 こうして2006年、大阪府岸和田市に住宅型有料老人ホーム「いこいの森」が誕生した。

自然な暮らしを通じたリハビリテーション

 「いこいの森」の特長は、「室内で器具を使ったリハビリを行わない」こと。そこには河内会長の暮らしに対する信念がある。

 「大概の高齢者施設では、運動器具を入れたリハビリ室を設けて、利用者はそこで運動します。しかし、それでは身体的に大変なだけで、楽しみがない。そこで考えたのが、庭をつくり、土いじりをしてもらうということでした。自分で花の種をまき、野菜を植えてもらうのです。花が咲けばうれしいですし、野菜が実ればみんなで食べます。芝刈りや雑草取りも自分たちで行います。何より利用者自身が庭づくりを楽しめる。私がもし施設に入ることになったら、毎日自分の部屋とリハビリ室を往復する生活なんて嫌です。だから、何か特別な運動ではなく、普段の生活を通じてリハビリができる施設として『いこいの森』をつくったのです」

 「いこいの森」は敷地の約半分を庭としている。企業の利益を考えれば、敷地いっぱいに建物を建て、1つでも多くのベッドを置き、利用者を増やした方が良い。しかし、河内会長はそうは考えない。施設を利用する高齢者にとってどのような暮らしが最適かを考えてのことだという。四季折々の花が咲く庭園は近隣からも好評で、地域とのつながりも生んでいる。開設当時は日本中から視察に訪れるほどだったという。

「いこいの森」を運営する株式会社アスコンの河内和夫会長。

「いこいの森」を運営する株式会社アスコンの河内和夫会長。

引き下げられた介護報酬 従業員待遇の向上に課題

 同施設では、2階建ての建物に13人の利用者が生活しており、現在入居待ちが出るほどの人気だが課題も多いと河内会長は言う。利用者により良い環境を提供しようと、従業員は精一杯取り組んでいるが、彼らに対する待遇をもっと良くしていかなければならないと語る。

 「老人ホームという施設の特性上、従業員は交代しながら24時間365日フル稼働しています。みな不平不満を言わず働いてくれており、奨励金やボーナスを出してあげたいという気持ちはあります。しかし近年、国から支払われる介護報酬が引き下げられていることもあり、実現は難しい状況です。しかも、今後さらに引き下げられるという話もあります。そのお金があれば、利用者と従業員に対してできることがたくさんあります。ぜひ行政には介護関連の事業に対する助成制度を拡充していただきたい。私からの要望はそれに尽きます。高齢者というのは人生の大先輩です。私たちの現在の暮らしの土台を築いてくれた方々の生活、そしてそれを支える人々の生活をないがしろにしていいはずがないのです」

起業家の知恵と国の政策が超高齢社会を切り拓く鍵

 今後も増加の一途をたどる日本の高齢者人口。一方で引き下げられた介護報酬など、行政の取り組みに事業者は不安を抱いている。

 介護関連事業というのはなかなか収益が上がるような業種ではなく、しかし利用者と従業員に対する経営者の責任は大きい。超高齢社会の今、行政には関連企業の経営が破綻しないよう、ますます手厚い補助が求められる。世界でも有数の超高齢社会である日本が福祉・介護を産業の柱の一つとしていくには、現場の努力だけではなく、これまでにない施設を生み出した河内会長のような起業家の知恵と、それを支える国の政策が不可欠だ。

(※)国連では、高齢化率が21%を超えた社会を「超高齢社会」と定義。日本は2015年現在で26.7%。

(民進プレス改題30号 2017年10月15日号4面より)

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